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2013年12月5日08:57
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きれいな海だった
丹波地域から出発したボランティアバスに乗り、 1日まで東北・福島の仮設住宅を訪れた。 そこに住んでいるのは、 東日本大震災、 そして、 福島原発事故による放射能汚染のため、 住みなれた土地を離れ、 いつ帰れるかもしれない人たちだった。
いくつか訪れた仮設住宅の中で、 私の記憶を呼び起こす名があった。 福島県双葉郡双葉町。 実家の京都府船井郡京丹波町と姉妹都市のまち。
小学生のころ、 町の交流事業で双葉町を訪れたことがある。 もう20年近く前のことだが、 現地の児童と遊んだこと、 海で泳いだことを思い出した。
その時、 双葉の大人の方がこう言っておられた。 「うちには原発があるんだよ。 東京の電気を支えているのはこのまちなんだ。 すごいだろう」
かつて福島原発は双葉にとって 「誇り」 だったのかもしれない。 信じていたものに裏切られた人々が、 どれほど複雑な思いを抱いているのか。 どんなに頭を振り回しても、 完全に同じ気持ちにはなれないことが悲しい。
あの時、 泳いだ海は本当にきれいな海だった。 それだけは確かだった。(森田靖久)
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2013年12月5日08:56
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みんなの居場所「木洩童(こもれど)」を...
入り口の外に楽しげにこぼれだしている古本や食器や洋服やバッグ。 仲良く散歩途中だろうか、 品のいい老夫婦が立ち止まって本を見ている。 すかさず、 ガラス越しに室内から、 「一冊○○円ですよ~」 と声がかかる。 突然、 満面の笑顔で声をかけられたお二人は、 驚きもせず自然と笑顔で会話を始めた。 足音軽く飛び出していったNさんは、 「ここのいいところはね、 ほら入口がガラスでしょ。 外が見えるんですね~、 それですぐに外へ飛び出していけるわけです」 と嬉しそうに相変わらず絶品の笑顔だ。
神戸市東灘区にあり、 退職したシニア世代でつくるグループ 「東灘子どもカフェ」 が運営する、 みんなの居場所 「木洩堂 (こもれど)」 を訪ねた。
どんな人でも得意なことや好きなことがある。 それを活かして簡単に誰もが講座の先生になっちゃう。 おかげで普通のおっちゃん、 おばちゃん先生の時間がずらっと予定表に並ぶ。 可愛らしい小学生の女の子がランドセルしょって入ってくる。 きちんと入り口でスリッパに履き替えて、 奥の部屋で宿題だ。 「お帰り~」 と大人たちが優しい笑顔で迎え入れる。
「老人一人を失くすことは図書館がひとつ無くなるのと同じこと」。 ここには、 まだまだ老人とは程遠い、 元気な知識の泉さんが何人もいてくれる。 そして、 たくさんのことを教えてくれる。 子どもたちは、 それを栄養の一つとして成長していく。 なんて、 素敵!こんな居場所が篠山にも地域ごとにあったら、 どんなにかいいだろうな。
(土性里花・グループPEN代表)
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2013年12月5日08:55
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「裁きの石」を初公開 代官が罪人座らせ...
江戸中期から幕末にかけて、 丹波市青垣町の中佐治、 岡見、 平野有河内を治めた平岩氏の代官所 (同町中佐治) にある 「裁きの石」 が12月1日、 初めて公開された。 遠阪地域の歴史を調査している 「遠坂村探究会」 (足立慎治会長) が行ったウォークラリーの中で公開されたもので、 足立会長は 「近くに住んでいながら、 地域の歴史を知らない人も多い。 子どもたちには、 地域の歴史を知ってもらい、 多くの人に伝えてもらえれば」 と話していた。
故・平岩慎吾元青垣町長宅。 「裁きの石」 は、 平岩家の中庭にあり、 1・5メートル×1メートルほどの大きさ。 平岩氏の代官は、 罪人を石の上に座らせ、 代官所の縁側から裁きを下したとされる。 同家の外塀には、 罪人が裁判を受けるためにくぐった、 縦1メートル×横60センチほどの小さな入り口もあり、 ウォークラリーの参加者は 「かなり狭いな」 と話しながら、 腰をかがめて罪人用入り口をくぐった。
同探究会は、 3年前から遠阪地区の名所や旧跡を訪ねるウォークラリーを実施しており、 今年が4回目。 平岩家の子孫である平岩泰典さん (34) =同町中佐治=も同探究会に所属しており、 中佐治を歩く今回、 「地域の資源を知ってもらいたい」 という思いから特別に同家庭園内を公開した。
子どもの頃に、 何度か裁きの石を見たという堀桂二さん (60) =同=は、 「今まで知らなかった詳しいいわれがわかった。 身近なところにも、 わからないことが多いと思った」 と話していた。
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2013年12月5日08:54
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市内各地で多数確認 希少種の「ミズワラ...
丹波市で66年ぶりに確認された希少種 「ミズワラビ」 の生息確認の情報が、 市内各地から 「青垣生き物ふれあいの里」 や丹波自然友の会に寄せられている。
春日町多利の和田豊さん (79) は、 田んぼや畑に見られるミズワラビが、 ビニールハウスの間の湿地帯に生えているのを見つけた。 和田さんは 「自然環境がミズワラビの生育にあっていたのかもしれない」 と話している。
氷上町横田、 柏原町田路のほか、 春日町の中山、 朝日などでもミズワラビが確認されている。
◎8日森公苑で植生調査報告
丹波自然友の会は、 12月8日午後1時半から丹波の森公苑で、 ミズワラビの植生調査結果と、 3年前に丹波市内で、 県内では70年ぶりに見つかった 「シロシャクジョウ」 調査の中間報告会などを盛り込んだ公開講座を計画している。 このほか、 妙高山のクリンソウ保存会の報告もある。
午後2時半から 「初歩の水生生物入門」 をテーマに、 神戸市立須磨海浜水族園の東口信行さんが講演する。 同水族園は、 丹波地域のホトケドジョウを守る会と一緒に希少種のホトケドジョウ定点観測や生息地の環境改善、 小学校などでの普及啓発活動を行っている。
同会では広く参加を呼びかけている。 参加費無料。 丹波自然友の会 (0795・87・0103)。
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2013年12月5日08:54
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三井さん(春日町)に県農業賞 栽培技術...
農林水産業の振興に貢献した人に贈られる 「県農業賞」 に、 花壇苗農家で 「三井花園」 代表の三井淳男さん(66)=丹波市春日町多利=が輝いた。 ガーデンシクラメン栽培の技術普及などが評価された。 三井さんは 「多くの人の支えがあっていただいた賞。 受賞できてうれしい」 とほほ笑んでいる。
三井さんは、 高校卒業後に県立農業大学校で花の栽培法を中心に学んだ。会社勤務を経て、27歳から10年間、 養鶏に取り組んだ。その後、カスミソウやカーネーションなどの切花栽培を開始、 パンジーやベゴニアなどの花壇苗の栽培・出荷も始めた。
室内での観賞がメーンだったシクラメンを、 花壇でも気軽に楽しんでもらおうと、 通常15―18センチの鉢で育てるシクラメンを、 9センチ鉢で栽培できないものかと考えた。 肥料を与えるタイミングを変え、 苗の成長を抑える矮 (わい) 化剤を与えるなど、 小さなシクラメンの栽培方法に試行錯誤した。 特に土には気を配り、 通気性の良い土を作ろうと、 ピートモスや養土などの配合を工夫するなどした。 シクラメンの栽培が盛んな岐阜県の農家からもアドバイスを受けた結果、 小さなシクラメンの栽培技術を確立し、 他のシクラメン農家にも技術を伝えた。
15年ほど前には、 市内などのシクラメン農家7人で 「六甲ガーデンシクラメン」 として愛知県豊明市の市場で売り出し、 人気を博した。
三井さんは、 市内の障がい者の就労を受け入れ、 現在同園では4人が働いている。 三井さんは 「今後は障がい者による野菜栽培の会社も立ち上げてみたい。 オリジナルの花づくりにも挑戦したい」 とほほ笑んでいる。
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2013年12月5日08:54
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新年彩る動物たち カレンダーを制作 篠...
城下町一帯の商店でつくる篠山商店街連合会が2014年のポスターカレンダーを発行した。 「わが町ふるさと商店街」 と題して毎年発行しているもので、 今回は篠山に生息する動物がテーマ。 身近におり、 豊かな自然の中で生活する動物たちが新年を彩る。 約7000部を印刷し、 74店舗で無料配布している。
ポスターは縦72センチ×横51センチ。 本紙記者で、 自然写真家でもある太治庄三さん (41) の作品を起用し、 川面を飛翔するカワセミや桜の中にいるヒレンジャクなどのほか、 自動撮影装置を使って撮影したホンドギツネやホンドテンなど、 計13種類の動物の生き生きとした姿が写し出されている。
ポスターにはほかに、 商店街店舗の地図と電話番号も記している。
同会会長の足立義則さんは、 「生物多様性をうたい、 豊かな自然と動物たちがいる篠山。 ふるさとに愛着を持ってもらういいポスターができた。 自宅にいながら、 『私たちの町にはこんな生き物がいる』 という自慢に使ってもらえれば。 観光客の人にはお土産に最適です」 と笑顔で話していた。
商工会篠山振興部 (079・552・0758)。
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2013年12月5日08:53
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新収蔵品一堂に展示 陶芸美術館で特別展...
兵庫陶芸美術館 (篠山市今田町上立杭) で12月7日から、 特別展 「新収蔵品展―美の再発見 兵庫のやきもの」 が開かれる。 2011、 12年度に新たに購入、 寄贈を受けた224点の中から、 一度も同美術館で展示したことのない古陶磁132点を選び、 一堂に紹介するほか、 県内5地域の古陶磁も披露する。 初公開の作品を通して、 丹波焼の多彩な展開と、 県内各地の窯場の魅力を探る。 来年2月16日まで。 月曜と31日、 1月1日は休館 (ただし23日と1月13日は開館、 それぞれ翌日は休館)。
全但バス元社長、 田中寛氏 (1904―81年) が創設した 「財団法人兵庫県陶芸館」 から寄贈された835点を母体に、 同美術館は、 縄文土器から現代陶芸まで幅広い時代と分野の作品約1700点を収蔵している。
同展では、 一昨年、 昨年度に購入、 寄贈を受けた未公開コレクション132点をお披露目するほか、 これまで最古とされていた1597年 (慶長2) に作られた丹波焼の壺よりもさらに古い1589年 (天正17) 作の作品など、 丹波焼の歴史を変える逸品を展示する。 このほか、 江戸時代後期に開窯した、 但馬、 丹波、 摂津、 播磨、 淡路の県内5国から、 それぞれの地域性が感じ取れる個性豊かな古陶磁も紹介する。
会期中、 同美術館学芸員が展示作品を解説するギャラリートークを行う。 開催日は、 7、 21日、 1月11、 25日、 2月8日。 いずれも午前11時から (参加無料。 観覧券が必要)。
観覧料は、 一般600円、 大学生500円、 高校生300円、 中学生以下無料。 開場時間は午前10時―午後6時。 問い合わせは、 同美術館 (079・597・3961)。
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2013年12月5日08:52
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元気なゴスペル届け 12月7日日、氷上・...
「こうが山ゴスペルコンサート」 (同実行委員会など主催) が、 12月7日午後6時半から中央小学校体育館 (丹波市氷上町成松) で開かれる。 「一緒に歌おかいね」 の呼びかけでつながった、 地元の中央地区内外の幼稚園から60歳代まで約100人が出演し、 明るい歌声を地域に届ける。 今年で9回目。 入場無料。
「ホワイトクリスマス」 「サンタが町にやってくる」 などのクリスマスソングで開幕。 今年は、 ソプラノ、 アルト、 子どもたち、 男性など、 パートごとに分かれて歌う趣向を取り入れる。 これまでの積み重ねで各パートがグレードアップした姿と、 パート練習によって深めた団結力をアピールする。
このほか、 全員で歌う中央小学校の校歌や 「Oh happy day」 などの定番ゴスペルソング、 「Oh holy night」 などの新曲も披露。 全20曲ほどを聞かせる。
9月から月2―3回のペースで練習を始め、 11月には週1回の全体練習とパートごとの練習で仕上げてきた。 年々、 活動が認められ、 イベントへの出演依頼も増えた。 23日には丹波の森ショッピングタウンとゆめタウンでクリスマスコンサートをすることも決まっている。
清水明実行委員長は、 「幼い子どもから大人まで、 心を一つにしてがんばっている。 年々、 盛り上がっている様子を見に来てほしい」 と来場を呼びかけている。 ひかみ成松交流館 (0795・82・9800)。
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2013年12月5日08:51
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2010年度も不適切支出 設計完了前に全額...
丹波市は3日、 昨年9月に水道部職員3人を告訴した不正事務処理事件以前の、 2010年度の実施設計業務にも出来高不足があったことが判明したと発表した。 同業務が終わっていないのに委託会社に全額支払っていた。 市は、「水道部の体質として常態化していた」 ことを認め、 同職員3人の告訴を取り消す方針。 市は同日の定例会初日に提案する予定だった水道部と建設部下水道課の統合に関連する議案を 「事実の究明が終わってから」 と判断し、 提案を見送った。
写真・職員の不正事務事件の発覚を受け謝罪する辻市長(中央) ら市幹部=丹波市役所で
市によると、 11月7日に、 来年度の予算編成作業を進める中で、 10年度に完了しているはずの実施設計の一部設計書の欠如が判明。 その後、 この委託会社が昨年の事案に関し、 丹波署の捜査を受ける中で、 市の求めに応じ、 関係資料を市に提出したことで、 実際は業務が完了していなかったことが明らかになると共に、 完了前に業者に委託料全額を支払う不適切支出があったことが発覚した。
昨年8月にも、 水道事業の設計委託業務が完了していないにも関わらず、 水道部の担当職員が100%完了したとする虚偽の検査調書を作り、 業者に委託料を満額支払っていた。
今回、 実施設計業務を受託したのは、 昨年8月の業者とは異なる会社。
昨年の事案発覚後、 市は同様に 「先払い」 などがないか調査したが、 気付かなかった。 市水道部は、 「細部まで詰め切れておらず、 調査不足だった」 とした。
昨年8月の不適切支出時は、 水道部内で完了検査をしたが、 今回は事業の進捗などを監理する事業監理課が同検査を行った。
市は、 「捜査中なので控えたい」 とし、 業者名や対象事業カ所、 委託料の金額など、 事業内容の詳細は明かさなかった。
市は水道事業について、 11月7日以降、 実施設計が終わっているもので出来高不足 (先払い) になっているものがないか調査するよう指示した。
辻市長は、 「職員の 『もう他にはしていない』 という言葉を信じていた。 非常に驚きであり、 重大な責任を感じている。 管理監督責任は私にあり、 責任の取り方もはっきりする」 と謝罪した。
同日朝に開かれた議員総会では、 第三者による調査委員会の設置を求める意見もあり、 市は 「検討する」 とした。
奥村正行議長は、 「議会としても調査しなければならないが、 警察の捜査が終わらなければ、 当局も答弁できない。 市民と行政の信頼関係がなくなり、 他の事業に悪影響が出ないか心配だ」 と話した。
◎告訴取り消しへ 昨年の事案関与の3人
昨年8月の事案に関し、 市は当時の水道部職員3人を告訴したが、 今回の事案で別の職員も同様の手続きをしていることが疑われるため、 「個人の資質ではなく、 組織として問題があった」 として、 3人だけを告訴することは適切でないと判断。 警察の捜査が終了した時点で、 贈収賄がなかったことを確認した上で告訴を取り消す方針。
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2013年12月5日08:49
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箱わなにクマ掛かる 丹波地域では初の事例
農作物を荒らすイノシシやシカを捕まえようと、 篠山市小野奥谷の山林に仕掛けていた箱わなに、 ツキノワグマが誤って捕獲された。 箱わなを設置していた大阪の猟友会メンバーが11月30日午後1時ごろ、 見回りの途中に発見。 翌12月1日の午前中、 県森林動物研究センター (丹波市青垣町沢野) の職員らが麻酔で眠らせ、 身体測定や血液、 体毛などのサンプル採取をし、 発信機の取り付けなどを済ませた後、 同集落の奥山に運んで放った。
全長約1・2メートル、 体重約38キロ、 推定年齢4歳で成獣間近のオス。 箱わなを設置していた場所から一番近い民家までの距離は約300メートルだった。 県内でのクマの誤捕獲事例は、 但馬地域では多数あるが、 丹波地域では初めてという。
同センターの職員らが、 全長や体高、 体重などを計測したほか、 体毛、 血液、 皮膚組織、 上あごの歯などをサンプルとして採取した。 また、 体内に個体識別用のマイクロチップを埋め込み、 首には動画撮影ができるカメラ付き発信機を装着。 放獣後の行動を監視するという。
箱わなの大きさは、 幅約3メートル、 奥行き、 高さともに約1・5メートルで、 3年前から大阪の猟友会が同所に設置し、 シカなどを捕まえていた。
同猟友会のメンバーたちは、 「長年、 猟をしてきたがクマを見たのは初めて」 と珍しがり、 見物に来ていた地元住民の81歳男性も、 「クマなんて、 幼いころに近所の肉屋に持ち込まれていたのを1度見ただけ。 胸の白い三日月模様がきれいやったと、 今でも印象に残っている。 この山に今もおるんやなあ」 などと驚いていた。
同センター職員は、 「冬眠する12月下旬まで、 クマは活発に動き回っているので、 入山の際には注意を」 と呼び掛けている。
ツキノワグマは、 兵庫県版レッドデータブックでBランク (絶滅の危険が増大している種) に指定されている。 しかし、 人里に出没した際の追い払いや、 農作物への被害防御策を講じたにも関わらず、 出没や被害が続く場合は、 有害捕獲として殺処分される。
丹波市では2002、 05年に人家周辺をうろつくクマを人身被害の危険性が高いとして殺処分している。
写真・誤って箱わなに掛かったツキノワグマ=篠山市小野奥谷で
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2013年12月5日08:43
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クマが稲荷社壊す 中のハチミツねらう ...
クマの出没が続いている丹波市氷上町鴨内、 芹田神社境内の稲荷神社の社が壊されているのが1日、 見つかった。 爪跡、 足跡などが残っており、 氏子たちは、 ハチミツをなめようと、 クマが社内のニホンミツバチの巣をねらったものと見ている。
神社は同集落の北側、 民家から離れた場所にある。 午前5時に当番役の2人がお参りしたところ、 普段は閉まっている社の格子状の扉が外れ、 中が荒らされ、 クマが社の中からハチの巣を取り出す際に壊したと見られる社の木製部品が散乱していた。 社が3センチほど動いた跡があり、 クマが体重をかけた際に動いたと見られる。
社の中には、 白色をした巣の残骸とこぼれたミツが残っており、 行き場を失ったミツバチが飛び交っていた。
宮総代の芦田繁和さん (67) によると、 10年以上前から巣をしており、 薬剤を散布するなど何度も駆除に努めてきたが、 取りきれず、 巣が残ったままになっていたという。 「まさかという思い。 神さんをこういう状態で放ってはおけない。 修理する方向で考えたい」 と話している。
11月24日に宮当番が掃除に訪れた際は無事で、 それ以降に被害に遭ったと見られる。 五台山ふもとの同集落では11月20日にクマのフンが見つかり、 21、 22の両日にはカキの木が折られ、 山際のカキが食べられていた。 カキが食べられた現場は鴨内川と県道を隔てた集落の南側。
同集落近くの香良では先月18日にクマが目撃されるなど、 以前から出没報告があるが、 鴨内では報告がなく、 住民は戸惑っている。 同集落では、 11月の山林日役を中止、 12月1日の子どもの夜警も中止。 夜のウォーキングを控えたり、 クマに出られては物騒と、 家の近くに植わっているカキをもぐ人も出ている。
県森林動物研究センター (青垣町沢野) の稲葉一明森林動物専門員によると、 篠山市や但馬、 播磨で同様の被害事例があったという。 クマの出没頻度が高い地域では、 早めにミツバチの巣を除去するよう助言しているという。
また、 甘いものは高カロリーで、 効率的に冬眠前の栄養が取れるとして、 ハチミツもカキも好物という。 「山際のカキを食べ尽くすと、 集落の中や、 庭先まで来ることもある。 集落に引きつけることになりかねないので、 不要なカキはもいだ方がいい」 と話している。
写真・クマに破壊されたと見られるお稲荷さん。 中には、 ミツバチの巣の残骸が残っている=氷上町鴨内で
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2013年12月5日08:21
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親戚支援に義援金託す フィリピン出身の...
特別養護老人ホーム柏原けやき苑 (丹波市柏原町北山) は、 同施設で働くフィリピン出身の介護士、 上原マリシアさん (49) =同市春日町野村=の親戚を支援しようと職員らから義援金を募り、 マリシアさんに託した。 11月上旬の台風が、 マリシアさんの親戚が住む村タクロバンを襲い、 甚大な被害を受けた。 今も連絡が取れない親戚がいるという。 マリシアさんは、 「とにかく何もないと聞いている。 知人に頼り、 このお金を食料に換えて届けてもらうつもり」 と話している。
マリシアさんが台風被害を知ったのは、 勤務中に何気なく見たテレビだった。 すぐに連絡を取ろうとしたが、 電話もパソコンも全くつながらない。 帰ろうかとも考えたが、 飛行機代を義援金として送った方が助かる人が多いと思い、 踏みとどまった。
73歳になる母親は現在、 マニラで暮らしているため、 幸いにも台風の影響は受けなかった。 それでも1週間ほどは連絡が取れず、 気をもんだが、 親戚を通じて母親が無事であることが知らされた。 ほっとしたが、 いまだに行方が分からない親戚もいるので、 「複雑な心境」 と話す。
タクロバンは、 マリシアさんの両親の実家があり、 親戚がかたまって暮らしている。 「暑い国だから、 家もワラや竹でできたもの。 何かもめちゃくちゃで何も残っていないようだ」 と嘆く。 助かった親戚の多くは学校や役所、 被害の少なかった地域に住む親戚の家など、 ばらばらに避難しているという。
マリシアさんは、 「義援金は本当にありがたい。 亡くなった若い人たちや子どもたちがかわいそう」 と話している。 同施設は、 「少しでも力になれることがあればと募金を始めた。 フィリピンへの支援が広がってくれれば」 としている。
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2013年12月1日08:34
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「市民憲章」制定へ 検討委2人募集 丹...
丹波市 (総合政策課0795・82・0916) は、 来年11月に市制10周年を迎えるのにあわせて制定する 「市民憲章」 の、 検討委員会委員2人を募っている。 同検討委は来年1月に1回目を開き、 来年9月ごろまでに計5回を予定している。
市民憲章は、 丹波市民としての規範意識や誇りの醸成につなげるもの。 氷上郡時代には青垣町を除く5町が制定していた。
検討委は、 公募委員2人を含め、 有識者、 団体長など5人で構成する。 来年9月定例会に市民憲章制定に関する議案を提案するスケジュール。
18歳以上の市内在住、 在勤者が対象。 応募用紙に必要事項を記入し、 「私の考える、 市民憲章の提案とその説明」 (用紙、 体裁に指定なし) を書いた用紙を、 12月20日までに同課 (〒669―3692氷上町成松字甲賀1) へ持参、 郵送すること。
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2013年12月1日08:34
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キャッチフレーズ募集 市制10年で 丹波市
丹波市 (総合政策課0795・82・0916) は、 来年11月に市制10周年を迎えるにあたり、 市の 「魅力」 や 「一体感」、 「未来」 などをイメージできるキャッチフレーズを募集している。
おおむね20字以内のもので、 1人2点まで。 市内在住、 在勤、 在学者が対象。
最優秀作品 (1点) には副賞としてたんば共通商品券2万円分を、 優秀作品 (2点) には同5000円分を、 応募者の中から抽選で10人に同2000円分を贈る。
来年1月6日までに同課 (〒669―3692氷上町成松字甲賀1、 sougouseisaku@city.tamba.hyogo.jp) へ郵送、 Eメール、 持参すること。
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2013年12月1日08:33
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楽しみ鍋
私自身は一度も耳にしたことがないが、 「寄せ鍋」 のことを上方では 「楽しみ鍋」 とも言うと、 北大路魯山人が書いている。 鯛の頭があったり、 かまぼこがあったり、 鴨があったりと、 いろいろな材料が大皿に盛られ、 何を食べようかと思いめぐらせるのが楽しいから、 楽しみ鍋と言うそうだ。 ▼気のおけぬ者同士で鍋をつつく。 湯気の上がる熱々の食材をほおばる。 体だけでなく心も温まる。 楽しみ鍋の名の通り、 自然に和気あいあいとなる鍋料理は楽しく、 冬の食卓を彩ってくれる。 ▼そんな鍋料理を通して子どもたちは 「鍋料理感覚」 を養ったと、 河合隼雄氏は書いている。 鍋は、 それぞれが好きなものを食べていいのだが、 一つの鍋を囲んでいる他の者にも気遣わないといけない。 自分だけが得をすることのないよう全体の調和を心がけることが求められる。 そんな感覚が知らず知らずに養える鍋は、 家庭教育のひとつの場になっていたという。 ▼ただ、 どれほど食べても尽きぬほどの肉や魚があるとすれば、 周りに気遣う必要はない。 自分勝手が許される。 当然、 鍋料理感覚は養われない。 ▼ひもじかった時代の鍋は、 楽しみを独占せず、 みんなで楽しみを分け合ったから、 楽しみ鍋にもなったろう。 その点、 具材も栄養も豊かになった現代の鍋料理は、 いかがだろうか。
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2013年12月1日08:32
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ゴルフボール製造 ダンロップスポーツ総...
人の目で最終チェック
写真・有名プロ愛用のゴルフボールを製造する市島工場=丹波市市島町梶原で
≪工場所在地≫丹波市市島町梶原5
0795・85・3000
http://www.dunlopsports.co.jp/
住友ゴムグループのスポーツ事業を展開する会社。 ゴルフ用品、 テニス用品などを製造、 販売する。 市島工場では、 国内シェアが高く世界的に有名な 「ゼクシオ」 「スリクソン」 などのゴルフボールを製造。 石川遼・松山英樹プロも愛用するコース用から練習用ボールなど多岐にわたる。 甲子園球場の3・5倍もある約18万2000平方㍍の広大な敷地に、 ゴルフ科学センターも備えている。
工場では、 円柱形のゴムの素材を、 プレス機の金型で成型。 熱と圧力を加えて球形にしていく。その後、磨いて仕上げ、 ボールの種類に応じてスタンプを押し、 検査、 梱包、 出荷する。
ロボットの導入など自動化が進むが、 検査などでは人の目に負う所が大きい。 浅川直己工場長は、 「本社で設計した仕様書と比べ、 いかに誤差を少なくして量産できるかがポイント。 ばらつきを極力無くし、 品質向上をめざしたい」と言い、検査する従業員が目で見て、 手で触り、 ボールに欠陥がないかをチェックする。 また、 ラインのレイアウト改善により、 各部署での時間を短縮させ、 業務の効率化もはかっている。
製品は、 ゴルフ科学センターで、 プロゴルファーやモニターのアマらがボールを打ち、 計測器で飛距離やスピンなどを計測。 飛距離のほか、 変形挙動、 打撃音などの評価システムが確立されている。
工場から排出する廃棄物を減らしたり、 環境に良くない有機溶剤の削減、 3R (減らす、 再利用、 再資源化) 活動にも積極的に取り組んでいる。
【代表取締役社長】野尻恭【設立】2003年【資本金】92億750万円【売上高】連結617億円 (2012年12月期) 【事業所】本社 (神戸市中央区)、 東京オフィス (東京都港区)、 総合開発センター (市島工場、 ゴルフ科学センター)【従業員数】約440人 (うち市島工場210人) 【事業】ゴルフボールなどゴルフ用品・テニス用品製造・販売
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2013年12月1日08:31
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寂光院
先月、 丹波の帰り、 「そうだ、京都へ行こう」 のポスターに誘われ途中下車。 十一月は紅葉の真っ盛り、 駅前には観光客が溢れている。
まずは駅の地下一階に荷物を預ける。 何処へ行こうかと考えつつバス停へ。 「寂光院」 という言葉がひらめく。 バスで片道一時間かけて大原に到着。 まずはすぐそばにある三千院へ。 その昔、 デュークエイセスという男性ヴォーカルグループの唄った 「女ひとり」 で、 有名になったところだ。 今では 「京都大原三千院恋に破れた女がひとり」 なんていう歌詞とは似ても似つかない中高年ばかりが、 かしましく参道の漬物や団子の試食に励んでいる。 有名な 「往生極楽院」 を見学。 説明してくれる坊さんの、 いやに俗っぽい話し方に少しうんざり。 門前の茶店で湯葉定食を頼む。 なかなかおいしくて満足、 腹ごしらえもできたので、 寂光院まで約十五分の田舎道を秋の草花や山の紅葉に見ほれながら歩く。
寂光院といえば建礼門院の哀しみに満ちた生涯を誰もが思う。 平清盛の娘として産まれ、 高倉天皇の皇后、 そして安徳天皇の母。 壇ノ浦の戦いで入水したものの助けられてしまった。 幼い天皇をなくし、 平家の滅亡という悲運の中、 大原の庵に隠棲、 子や一族の菩提を弔う日々を送った。 十三年前、 放火で寂光院は焼失、 丸焦げの本尊が奥の宝物殿に保管されていて、 とても痛ましかった。 今は本堂も本尊も美しく再建されている。 天皇の母なので、 お墓も陵として立派なものがすぐ隣にあった。 先月は須磨で安徳天皇や敦盛の笛を見た。 なんとなく平家つながりなのがおもしろい。
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2013年12月1日08:31
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西田正敏氏訃報
西田正敏氏 (にしだ・まさとし=氷上町議会議長、 氷上郡町議会議長会長、 兵庫県町議会議長会副会長) 11月27日午前1時ごろ、 心筋梗塞のため丹波市氷上町西中400の自宅で死去、 78歳。 葬儀は30日、 おこなわれた。 喪主は妻、 桂子 (けいこ) さん。
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2013年12月1日08:30
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村岡さん全国優秀賞 自転車を啓発の題材...
全日本交通安全協会などが全国公募した来年度の 「交通安全年間スローガン」 の入賞者が11月26日発表され、 村岡孝司さん (71) =丹波市柏原町柏原=の作品 「思いやり 乗せてゆっくり 踏むペダル」 が、 「一般Bの部」 (歩行者・自転車利用者に対するもの) で、 優秀賞の内閣府特命担当大臣賞を受賞した。 「スローガンが全国に広がり、 事故撲滅につながることを切に願う」 と話している。
重点項目の1つに自転車の安全利用推進があげられていたことから、 特に高齢者の自転車による事故防止につながる標語づくりに取り組んだ。
自身も高齢者で、 自動車を運転しないため、 自転車に乗る機会が多い。 自転車が人をはねて大けがを負わすといったニュースを見るにつけ、 自分以外の人の安全にも留意する必要があると考えたという。
今年の応募総数は7万点以上。 村岡さんによると、 同コンクールは、 応募数の多さから、 全国防火標語、 新聞週間標語と並んで、 「三大スローガン」 とされ、 愛好家が目標とするタイトルだという。
村岡さんは、 2011年度に、 最優秀賞の内閣総理大臣賞を受賞。 以来、 3年ぶりの入選で、 通算では最優秀2回、 優秀賞3回、 佳作7回。
村岡さんの標語、 スローガン入選は800回を超える。 中でも、 最も力を入れているのが交通安全標語という。
◎暴力団追放は全国最優秀賞 自身初めて
今年度の暴力団追放統一標語 (全国防犯協会連合会主催) の最優秀賞に村岡孝司さんの作品 「わが町にいらないいれない暴力団」 が輝き11月26日、 東京都内で表彰を受けた。 同コンクールでは、 自身初の最優秀賞。
5847点の応募があった。 県防犯協会連合会に応募、 県審査を経て全国へ。 県審査では優秀賞だった作品が、 審査員が異なる全国審査では最優秀に輝いた。
地域の輪を広げようと、 住民に向けたメッセージ。 「ポスターになり、 全国にお披露目されて光栄。 少しでも被害軽減になれば」 と話している。
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2013年12月1日08:30
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全国大会で3位入賞 篠山市当野・酒井さ...
篠山市当野の酒井秀男さん (79) が11月24日、 岐阜メモリアルセンター長良川競技場・芝生広場で開かれた 「全国身体障害者グラウンド・ゴルフ岐阜大会」 (岐阜県障害者スポーツ協会主催) で3位に入賞した。 酒井さんは 「全国という大きな大会で、 3位という思わぬ成績にびっくりしている」 と喜び、 「良い成績を残せたことはもちろんうれしいが、 全国の障がい者の方々と交流を持てたことが一番の収穫。 これからもこのような機会があれば、 ぜひ参加したい」 と話している。
東は神奈川県、 西は長崎県から約310人の40―80歳代の障がい者がエントリー。 篠山市からは6人が出場した。 試合は、 約100人ずつの3グループに分かれ実施。 8ホール2ラウンドを競った。
「知らない人ばかりとコースを回ったが、 障がいを抱える者同士。 すぐに打ち解け、 和気あいあいの雰囲気になれたので緊張することはまったくなかった」 と酒井さん。 「ただ、慣れない芝生のコ
ースには悩まされた」 と、 第1ラウンドを21打で終えた。 しかし第2ラウンドから徐々に調子を上げ、 30メートルのホールで見事ホールインワンを決めるなど、 計37打であがった。
篠山市グラウンドゴルフ協会主催の大会で、 過去に2度ほど優勝した経験を持つ酒井さん。 「これまでの成績からすると、 平凡な結果に終わったが、 皆さんも芝生に苦しめられたのでしょう」。 1位から3位までの打数差は1打ずつの僅差だった。
酒井さんは右足付け根の関節に障がいを抱える。 配管工だった20年ほど前から違和感があったが、 仕事の忙しさにかまけて放置。 ある日、 痛みに耐えきれなくなり、 2年半前に手術を行った。 症状はやわらいだものの、 重い物を持つことや走ることはできないという。
グラウンドゴルフに出会ったのは約10年前。 グラウンドゴルフを楽しんでいた父親が亡くなり、 周囲から 「グラウンドゴルフの跡を継ぎなさい」 などと勧められ、 気軽な気持ちで始めた。 現在、 農業の傍ら、 週1回程度のペースで楽しんでいる。