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2015年5月23日16:56
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「丹波 穂のWonne(ヴォンネ)」
こだわりはドイツパン
大阪府で3店舗のパン屋を経営していた岩坪良彦さん・宏美さん夫妻が、 「旬料理よし宗」 の跡地で4月にオープンさせた。 15人ほどが座れる座敷席のほか、 カウンターやテラス席も用意している。
おすすめはライ麦粉を使って酸味をきかせた 「ドイツパン」。 種類も豊富で、 黒っぽい色が特徴の 「プンパニッケル」 のほか、 サワー種で発酵させた 「サワーブレッド」 などがあり、 カットサイズでも販売している。 ケーキ類も充実しており、 手作業で丁寧に焼き上げたバームクーヘンや、 栗や黒豆など丹波素材を取り入れた商品も並ぶ。
ドイツパンにソーセージをはさんで食べるランチ (600円―) も楽しめる。 ヘルシー志向の女性がうれしいドイツのハーブティー 「フルーツパラダイス」 「ブラッドオレンジ」 なども味わうことができる。
【メモ】 「アスコザパークTANBA」 近く。 営業時間は午前10時―午後6時。 火曜日休み。 電0795・86・8156。丹波市市島町与戸725-1
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2015年5月23日16:42
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布金山隆国寺(豊岡市日高町荒川)
創建は室町時代。 山名氏の四天王の一人、 垣屋隆国の菩提寺として阿瀬谷に建立された。 もとは真言宗だが、 現在は格式高い曹洞宗の寺院である。 中国からもたらされ、 阿瀬谷で栽培されていた牡丹を、 江戸初期にここ荒川へ移転後、 住人たちが天保年間に立派な牡丹園にした。 現在は牡丹寺として有名であり、 四季折々、 椿、 桜、 石楠花、 藤、 つつじ、 萩などが咲き乱れる花の寺でもある。
本殿内には県指定の重文で、 江戸後期の絵師・岸岱一門の襖絵36面がある。 重厚な門が目に入る。 三丹一と言われる山門である。 ここにスケールの大変大きな彫り物がある。 格天井と梁の間の狭い空間に竜が一頭と、 馬足と角がある麒麟、 なかなかの迫力だ。 木鼻には定番の唐獅子、 獏、 象がいる。 何しろ部材が大きいので迫力満点だ。 他に小さな牡丹が彫ってある。 なお、ここの海老虹梁は、素晴らしいの一言だ。 彫り物師は、 6代目中井権次橘正貞と思われる。
元高校教諭 岸名経夫
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2015年5月23日16:40
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厄除八幡宮(篠山市曽地中)
創建時不詳だが、 柏原八幡宮と同様に、 石清水八幡宮より分霊された神社。 祭神は応神天皇、 武内宿、 春日神である。 特に武内宿は長寿を全うした人物として、 また災厄を払う高徳の神として、 厄除の名を加えて厄除八幡宮と称している。
急な石段を百数十段上って社殿に辿りつく。 三間社流れ造りだが、 虹梁が4つもある立派な本殿である。 向背の左右に阿吽の竜がいる。 兎の毛通しには、 鳳凰が大きく羽を広げている。 木鼻には2頭の獏、 中央向背の柱には、 麒麟が睨み合っている。 定番の唐獅子は前を向いている。 向背上部には謡曲高砂の尉と姥の彫り物が見える。 蟇股 (かえるまた) には鶴、 鷹、 山鳩、 唐獅子、 そして飛龍も見える。 肘木鼻には兎も彫られ、 手挟みには、 垢抜けした牡丹の籠彫りが見える。 さらに屋根の端にも鶴が飛翔している。 天保8年 (1837)、 6代目中井権次正貞と弟の中井清次良正用の合作である。
元高校教諭 岸名経夫
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2015年5月21日08:50
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地域資源活用で補助金を交付 丹波市
丹波市 (新産業創造課0795・74・1464) は、 市の地域資源を活用した新商品や新サービスを開発する際に補助金を交付する支援制度を設けており、 活用する中小企業者、 農林漁業者などを5月29日まで公募している。 限度額は50万円。
補助対象となるのは、 新商品や新サービス開発に関わる調査分析、 展示会の開催や出品、 販路拡大のための広報活動などで、 すでに市販されている商品などは対象外となる。 6月上旬に審査会を予定。 交付決定を受けた事業者は、 10月25日に開催予定の 「丹波市産業交流市」 で試作品の展示販売を行う。
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2015年5月21日08:49
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義援金最後の分配 全壊世帯に80万円
丹波市豪雨災害に対して寄せられた義援金の分配方法などを検討する委員会 (委員長=辻重五郎市長) が5月15日、 氷上住民センターで行われ、 総額3173万円を全壊、 大規模半壊世帯、 子どものいる床上浸水以上の家庭、 被災自治会にも分配することを決めた。 分配は3回目。 すでに義援金募集は終了しているため、 今回が最後。
全壊世帯に80万円(1戸あたり)、大規模半壊世帯に55万円 (同)を配分。 床上浸水以上で、 高校生以下 (被災当時) の子どもがいる家庭には子ども一人あたり3万円を配る。
また、 公民館やグラウンドの整備、 備品購入などコミュニティー資源の復興支援にあててもらおうと、 半壊以上の被災住宅のある19自治会に、 被害の程度に応じて10―350万円を配分する。 被災直後から今年4月末までに、 2651件総額2億2308万4042円が寄せられた。
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2015年5月21日08:41
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金山登山の参加者募る 6月、古杉企画
篠山口駅前のKOSUGI彩華ビルで彩華スポーツクラブの運営などを手がける古杉企画は、 「彩華健康大学」 プログラムの参加者を募集している。
第一弾として6月5日に 「金山―鬼の架け橋と丹波大山の山野草の道」 と題した金山登山を行う。 午前10時に同クラブフロントに集合。 バスで登山口まで行き、 登山し、 頂上でお弁当を食べて下山する。 タオル、 お茶など持参。 参加費1000円 (昼食込み)。 先着20人。 雨天中止。
古杉企画 (079・594・5245)。
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2015年5月21日08:39
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第3次行革計画策定委員を募集 丹波市
丹波市 (行政経営課0795・82・2272) は、 第3次市行政改革プラン策定委員会の公募委員3人を募集している。 20歳以上の市内在住、 在勤者が対象。 今年度内の策定をめざし、 7回程度の会議を予定している。
6月5日までに応募用紙と、 「第3次行政改革プランの基本方向に対する提案」 をテーマにした作文 (800字程度) を同課 (〒669―3692氷上町成松字甲賀1、 gyouseikeiei@city.tamba.hyogo.jp) へ郵送、 メールすること。
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2015年5月21日08:39
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「都構想」
「高津の宮の昔より よよの栄を重ねきて…東洋一の商工地…力ぞ強き大阪市」 ―大正10年に作られた大阪市歌。 前の新聞社の駆け出し時代、 小学校の卒業式で歌われるのに驚いた。 これほど住民に浸透した県や市歌は筆者の知る限り、 他には長野県歌 「信濃の国」 のみである。 ▼橋下さんがこれを歌っているかどうかは知らないが、 「力ぞ強き大阪」 を目ざした 「都構想」 は、 この歌に一層愛着度を持つであろう60歳代以上層の抵抗で潰え去ったのではないか。 ▼年賀状のたびに 「都構想は絶対許せません」 と書いて来る元市幹部がいたが、 「全国の大都市のリーダーたるべき大阪市をなくしてはいけない」 という気持からだったろう。 しかし大阪市は今や人口で横浜にはるかに抜かれ、 大阪府は経済集積度で愛知に迫られて、 リーダーの座は危うい。 大阪を東京と同じ行政制度にすることでそれが解決するのか。 ▼筆者は昭和50年代に 「府市協調」 のテーマで、 港湾、 水道、 交通の一元化や府立・市立両大学の統合などを提唱したことがあるが、 40年経ってようやく大学統合が協議中というにとどまっている。 ▼府市の幹部らが意地を張りあうのでなく、 実のある協調を探ることこそ肝要である。 かつてない高投票率、 1万票の僅差、 全国からの注視。 関係者はこれを重く受け止めてほしい。(E)
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2015年5月21日08:38
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8強の裏にある 「気づき」
柏原高校サッカー部が県総体で8強入りした。 部活動以外の行動も重んじ、 強くなるために何をすべきかを選手自身で考えるチームづくりに取り組んでいる。 激戦を制した直後、 「この2年間やってきたことを信じて走った」 という主将の言葉が印象的だった。
道具や私物の整理整頓、 日頃の学習態度などを意識し、 練習メニューの決定、 試合の出場メンバー選考や采配も選手自身で行う徹底ぶりだ。 昨年夏には、 組織のなかで果たすべき自分の役割を考えることに主眼を置いた合宿も行った。 「ドラえもんとのび太君はどちらが主役か」 をテーマにした討論会を実施するなど、 「気づき」 の機会を取り入れながら、 先輩と後輩の良い関係性を含めたチームとしてのまとまりを向上させた。
同様の取り組みを先進的に取り入れている滋賀県の強豪と対戦したところ、 0―6で大敗。 しかし、 相手の選手たちは得意げになることもなく、 全員で手を振って見送ってくれたという。 「そこで選手たちは人としても負けたと自覚した」 と金信志監督。 ここにも様々な 「気づき」 があった。
スポーツで好成績を収めた選手に勝因を聞くと、 「気持ちの強さ」 を口にする選手は多い。 同部は、 この 「強さ」 を裏付ける根本を固めるところから全員で主体的に取り組み、 その先にある 「気づき」 の連続が、 一人ひとりの個性を伸ばし、 チームの魅力となっているのだろう。 校内部活対抗駅伝大会では、 一発芸で会場を沸かせる明るいチームが、 1軍選手とは練習試合すらしてもらえないという強豪にチャレンジする機会をたぐりよせた。 「もしかしたら」 と不思議と期待してしまうのだ。(芦田安生)
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2015年5月21日08:37
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小松菜を育てる
父から小松菜の苗をもらい、 プランターで栽培を始めて半月。 ようやくそれっぽい形を成してきたのに、 なかなかうまく育たない。 それでも朝な夕な、 青々とした葉を眺めるのが楽しく、 毎日、 「調子はどうや」 と声をかけている。
父が育てる畑の苗と比べて、 明らかに私のものは小さく、 見るたびに敗北感を味わう。 悩んだ末、 畑仕事の師匠である母に教えを請うと、 「間引かんと大きくならんで」。 わかってはいても、 小さな芽でこちらを見上げてくる若芽がいじらしくて、 問答無用に引っこ抜くことができない。 「最後は食べるくせに、 あほか」 と言われそうだけれど。
自分で取り組んでみて、 農作物とは、 植えたら勝手に育つものではないと改めて思う。 店で売っているものも、 農家の、 まさに血と汗と涙が詰まっている。
シカを見ると、 「山へ帰れ」 と祈るようになった。 よその畑や田を見て、 どんな作物をどんな思いで作っておられるのか、 と考えるようになった。
そんな意識は小さな小松菜が教えてくれたもの。 無事に育てて、 感謝して、 存分に食したい。 とにかく間引きと防虫対策をせねば。 (森田靖久)
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2015年5月21日08:37
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美しい場所
雨がぴりぴりと降る。 山は深く呼吸をしながら、 白い霧を吹き出す。 頬にあたる空気が水をたっぷりと含んでひやりと冷たい。 今日は 「多紀連山のクリンソウを守る会」 の総会後、 クリンソウが見られる5つの登山口ルートのうちの1つ、 火打岩から山に入った。 ここは山に入ってすぐに100段を越す階段があり、 500㍍ほどの急勾配が続き、 尾根に至るコースだ。
クリンソウの群生地が見つかったのは、 8年前。 登山道の周囲を覆っていた笹が枯れた時、 発見された。 当団体発行のパンフレット写真で見知ってはいたが、 実際に目にするクリンソウは、 想像していたよりもはるかに力強く、 活き活きと大地にその葉を大きく広げていた。 その葉元からすっくと立つみずみずしい茎に、 小さく可憐な紫色の花が繋がって輪を成し、 6―8輪段々に下から咲き上がる。 まるで天使の花かんむりがあたり一面にぽっぽと浮かんでいるようだ。
水と陽を好み、 湿地帯にまどろみながら日光と戯れることのできる場所が、 天使たちにはお気に入りらしい。 花に寄り添う清清しい水が光輝く。 水たまりの中のオタマジャクシも短い尻尾を忙しげに揺らしながら、 楽しそうだ。
鳥のさえずりは天上の音楽、 木々に咲く花たちも、 この楽園のように美しく平和な場所を祝福するかのように、 風にさわさわと揺れながら微笑みを浮かべて見守っている。 あの山のどこかに誰でもが幸せになれる場所がある。 幼い頃、 繰り返し聞いた懐かしい昔話がここにあった。
(土性里花・グループPEN代表)
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2015年5月21日08:36
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GHQとの文書現存 当時の校長が資料残...
篠山鳳鳴高校に、 終戦後、 前身の旧制鳳鳴中学校長と連合国総司令部 (GHQ) などとの間で取り交わされた文書をまとめた 「聯合國 (れんごうこく) 最高司令部関係文書綴」 が残っている。 文書からは、 GHQが所蔵書籍などの徹底した調査と廃棄などを迫っており、 戦時中、 多くの軍人を輩出した同校が、 「軍国的要素の象徴」 として見られていたことがうかがえる。 一方で、 廃棄したはずの書籍が現存しており、 校長が虚偽の報告を行った可能性も。 当時の校長は、 回想記の中で、 「鳳鳴立学の精神の顕現こそ、 国民を護り、 国を救う道だと堅く信じていた。 (中略) 敗戦日本にこそ、 (中略) 朝に夕にすべては鳳鳴精神を基として再出発した」 と記しており、 長い伝統を守るため、 信念を持って、 GHQとのやりとりを行っていたとみられる。
資料は、 現・校長の明山修さんが、 10数年前に同校で発見。 資料の精査を行い、 昨年になって論文にまとめた。
資料や論文によると、 司馬遼太郎が、 「戦前、 全国でもっとも多くの将官を出した旧制中学」 と記しているように、 卒業生には、 満州事変時の関東軍司令官・本庄繁や陸軍大将・本郷房太郎らがいる。 大正期には激減するものの、 明治18―24年では卒業生の71・4%が軍学校に進学している。
1945年 (昭和20) にポツダム宣言の受託で無条件降伏した日本は、 連合国の占領下におかれた。 GHQは教育政策を行い、 軍国主義と超国家主義の排除の波は、 多くの軍人を輩出した同校にも及んだ。
同年11月、 陸軍大将になっていた本庄に戦争指導者として逮捕令がおりたこともあって、 翌年、 兵庫県民生活部長を経由して、 GHQは、 軍国的要素を伝える教職員の罷免や学校内に置かれた軍需関連工場の撤去、 授業に使用する地図で占領地などを示すものの廃棄などを通達。 また、 「軍国主義的外観並びに内容を持てる額、 掛物、 諸教材、 写真および図書を焼却」 と迫った。 明山校長によると、 通達は県内の全校を対象にしたものか、 鳳鳴だけを対象にしたものかはわからないという。
当時の奥山雄藏校長は、 GHQからの指令に応え、 対応に腐心。 さまざまな課題解決に奔走したことが 「聯合國最高司令部関係文書綴」 に記されている。
一方で、 「軍国主義的色彩のあるもの撤去、 処分済みであります」 と報告しているものの、 皇族下賜の御染筆 「勤倹尚武」 や 「質実剛健」 をはじめ、 本庄の胸像、 中国の鉄道地図など、 数多くの資料が鳳鳴高校に現存していることから、 虚偽の報告を行っていたと考えらえる。 もし虚偽の報告が発覚した場合、 罷免のみならず、 身の危険もあった可能性が高い。
資料を残したことに関して何も語っていなかったとみられる奥山校長は、 56年に出された同校の 「創立八十周年記念誌」 に回想を寄稿しており、 「鳳鳴精神、 すなわち、 勤倹尚武の真髄は、公共、愛国の精神であり、 真の貢献と業績を顕現する道である」 「鳳鳴たるもの、その伝統精神を時代精神に生かし、 信義と公正の誠に生き、 国民の福祉と発展、 国際信義の向上に貢献するところがなければならない」 と記している。
明山校長は、 「奥山校長はかなり苦悩したと思われるが、 いつか資料が日の目を見る10年、 20年先を見越していたのでは」 とし、 「これらの資料がなぜ、 鳳鳴に残されているかという歴史的意義を考えていきたい。 今年は終戦から70年。 そして、 来年は鳳鳴創立から140年。 ちょうど中間に立ち、 敗戦後の教育転換点において伝統をつないだ奥山校長は、 教育や自身に対する信念があり、 軍国主義ではなく、 国を愛し、 鳳鳴を誇りに思っていたのではないか」 と話している。
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2015年5月21日08:36
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セッコク800鉢栽培 花期迎え「幸せ」...
丹波市青垣町東芦田の 「ごりんかん」 で5月24日午前10時から、 「里山セッコク花まつり」 が開かれるのを前に、 同集落に住む芦田八郎さん (60) 宅で白や薄いピンクなど、 セッコクの花が満開の見頃を迎えている。 趣味で800鉢を栽培しており、 見栄えがいいものを選りすぐり、 同まつりに出展 (一部販売) する。
芦田さんは盆栽を趣味にしていたが、 鉢の制約なしに、 身近にある木や石を利用できるセッコクの自由度の高さが気に入り、 10年ほど前に乗り換えた。 毎年株分けをして増やしている。 現在は埼玉県熊谷市に本部がある 「少名彦らん遊会」 に入会し、 全国の愛好家と交流し、 技術を磨いている。 「華やかさはないが、 可憐でピリッとしたところが魅力」 と語る。
今がちょうど開花期。 家の周りには、 セッコクの花があふれかえっている。 かごに入れて吊るしたり、 白檀やクリの木に根付かせたものを屋敷の周囲にぐるりと置いたり、 雨除けの屋根付きの棚を作って若い株を並べたりしている。
「花期が1年のうちで10日ほどと短いのがいい。 暑い夏、 凍てつく冬を越え、 今が一番幸せな時」 と満面の笑みを浮かべた。
同祭りでは、 愛好家によるセッコクの展示、 自生するセッコクを愛でる里山めぐり、 頂上まで約1時間の 「城の丸」 登山、 飲食バザーなどがある。
問い合わせは同施設 (0795・87・0185)。
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2015年5月21日08:35
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延長、PK制し県ベスト8 5月30日に神...
柏原高校サッカー部 (57人) が、 5月17日に三田市で行われた県高校総体の5回戦で北摂三田を延長、 PK戦の末に破り、 8強入りを果たした。 道具や私物の整理整頓、 日頃の学習態度などサッカーをしていない時間 「オフ・ザ・ピッチ」 の行動を重んじ、 出場メンバー選考や練習メニューの決定も選手自身で行う 「自主自律」 のチームづくりが好成績につながっている。準々決勝は30日、優勝候補の一角、 神戸弘陵と対戦する。
後半に1点を失った柏原は終了5分前、 荒木工 (たくみ) 君 (3年、 篠山) が右サイドから折り返したボールを、 稲垣柊治君 (同、 氷上) がゴール左隅に決めて同点。 延長戦に突入した。
柏原は延長後半、 稲垣君が相手ディフェンダーの裏に出したパスに反応した増下直人主将 (同) が、 前に飛び出したキーパーの位置を見ながら落ち着いてゴールを決めて逆転した。 このまま逃げ切りたい柏原は、 体を張って相手の攻撃を抑え、 ふんばったもののセットプレーから失点。 PK戦へともつれ込み、 4―3で接戦を制した。
試合を振り出しに戻す同点弾を放った稲垣君は、 「先制された時は焦りがあったが、 仲間を信じ、 がまんし、 耐え続けて得た、 本当に大きな勝利」 と声を弾ませ、 PK戦を制したゴールキーパーの八尾駿介君 (同) は、 「毎日、 PKの練習を取り入れてきた成果が出た。 絶対に止めるという気持ちだけだった」 と振り返った。
同部は 「オフ・ザ・ピッチ」 重視のチームづくりを進化させるため、 同様の取り組みを先進的に実践し、 2年前には全国大会に出場した強豪、 滋賀県の綾羽高校と昨年12月、 交流試合を行ったが、 0―6と大敗。 それ以降、 結果の出ない苦しい時期が続き、 2―3月の練習は、 あえて金信志監督ら顧問が指示を出し、 チームに刺激を与えた。 4月以降、 再び自主的な練習へと切り替えると、 以前より取り組む姿勢と練習の質が向上したという。
また、 練習のない木曜日には、 顧問の和田圭司教諭が、 週末に行った試合を撮影したビデオを選手に見せながら内容を分析。 修正点がどこにあるかを選手が考え、 練習メニューに反映させた。 4月に綾羽高校と再戦。 1―1と引き分けたことで、 自分たちがやってきたことに自信を取り戻した状態で県総体に臨んだ。
増下主将は、 北摂三田戦後、 「相手と力が均衡しており、 後は気持ちの差が出ると分かっていた。 『オフ・ザ・ピッチ』 にこだわった2年間を信じて走った」 と振り返り、 次戦に向け 「相手は、 実力的には格差のあるチーム。 チャレンジャーの気持ちで戦う」 と話した。
金監督は、 「サッカー選手である前に、 人として当たり前の、 単純なことを繰り返そうという取り組み。 その大切な部分に気付ける選手が増え、 結果が出始めた」 と手応えを話す。 次戦に向け、 「8強入りした興奮状態を一度、 ゼロに戻したい。 攻略する策はないほどの強豪だが、 同じ高校生。 どこかに必ずすきがあるはず」 と話している。
神戸弘陵には、 丹波市出身のベハラノナオキ君と小西天祐君が所属している。
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2015年5月21日08:34
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初のリサイタル開催 春日のソプラノ歌手...
春日町野村のソプラノ歌手・大槻朱里さん (29) が、 6月14日午後2時から丹波の森公苑で初のリサイタル 「うたは風に乗って」 を開く。 子どもからお年寄りまで、 幅広い世代が楽しめるプログラムになっている。 大槻さんは 「実力はまだまだ未熟だが、 一音一音に心を込めて精一杯歌いたい」 と来場を呼び掛けている。
どこかで耳にしたことがあるオペラや映画音楽、 四季を歌った日本の懐かしい曲など15曲ほどを披露する。 ゲストにチェリストの成川昭代さんを迎え、 ソロ演奏もある。 ピアノ伴奏は大槻さんの大学、 大学院時代の同期・安曽麻里江さんが務める。
大槻さんは母親がピアノ講師だったこともあり、 幼いころから音楽が身近にあったという。 春日中学校時代、 地元のミュージカル劇団に入団。 柏原高校時代は吹奏楽部に所属し、 サックスを担当した。 卒業後は本格的に歌を学ぼうと、 国立音楽大学演奏学科声楽専修へ進学。 オペラを中心に学び、 大学院では日本舞踊やバレエなどにも取り組み、 表現力に磨きをかけた。
2010年、 大学院生活の集大成として、 お客を招いて開催した 「大学院オペラ」 では、 モーツァルト作曲歌劇 「コシ・ファン・トゥッテ」 で主役の一人を務めた。 「2時間半の舞台。 緊張したけど、 オペラの楽しさを感じることができたし、 学びも深まった」 と話す。 「どんな形であれ、 これからも舞台で歌い続けたいと強く思った」 と語る。
現在は、 丹波の森国際音楽祭シューベルティアーデたんばに出演。 各地で歌声を届けているほか、 神戸こども総合専門学院で非常勤講師を務め、 未来の保育士に現場で生かせる歌の表現・発声方法を伝えている。
大槻さんは 「自分だけの力ではリサイタルを開けなかった。 来場して良かったなと思ってもらえるように頑張りたい」 と話している。
前売り1500円 (当日2000円)。 同公苑や道の駅 「丹波おばあちゃんの里」 などで販売している。 問い合わせは電化ランドおおつき (0795・74・1133)。
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2015年5月21日08:33
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クリンソウ観察とバル 青垣・神楽で5月...
5月24日午前10時から、丹波市青垣町稲土の群生地で、県レッドデータブックBランクの希少植物、 クリンソウの観察会 (稲土自治会、 神楽自治振興会主催) が開かれる。 同日正午から、 神楽地区の活性化を目指す有志グループ 「神楽ジュースclub」 (足立博人代表、 16人) が 「集落の駅・神楽」 (同町文室) で初のイベント 「神楽バル」 を開く。 飲食ブースや雑貨の販売、 音楽会、 劇の上演などが予定されている。
群生地は丹波地域最高峰の粟鹿峰の中腹にある。 観察会は昨年に続いて2回目。 午前10時に明名号の清流館を出発し、 約3㌔の道のりをハイキングする。 自然体験研究所を主宰する足立勲さんから現地で説明を聞く。 希望者は清流館から群生地まで車で送迎する。
「神楽バル」 は、 同グループのカレー、 飲料などのほか、 稲土自治会の有志のフランクフルト焼き、 神楽地区の飲食店の菓子販売、 青垣地域のグループによる雑貨販売など、 10以上の出店がある。 神楽地区住民によるネイルアート、 耳つぼジュエリー、 稲土劇団による 「稲土のくまさん」 の上演、 足立代表がメンバーの音楽グループ 「MOONDAY」 などによる音楽会もある。
観賞会は、 同自治振興会 (0795・87・5808)、 バルは足立代表 (090・9548・6833) に問い合わせを。
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2015年5月21日08:33
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二宮尊徳研究家 鴻谷正博さん
海外に尊徳思想普及
(こうたに まさひろ)横浜市在住
1949年 (昭和24) 丹波市青垣町佐治生まれ。 柏原高校、 早稲田大学法学部卒。 神奈川県庁に入り、 ロンドン駐在員、 課長、 参事を経て、 知事室長 (局長級) を最後に退職。 参議院議員松沢成文事務所顧問、 岡倉天心市民研究会世話人などとしても活躍。
郷里の偉人で二宮尊徳研究の権威、 佐々井信太郎 (旧葛野村出身) の子息、 典比古氏と20歳代の時に知り合ったのが尊徳を研究するきっかけになった。 「典比古氏の自宅に月1回10人ほどが集まり、 勉強会を開き、 尊徳思想について勉強した。 最初は、 信太郎が自分と同じ郷里 (当時の氷上郡) の出身とは知らなかったので、 分かった時には驚いた」 と話す。
長洲一二知事の時代に県庁へ。 当時は東京、 大阪、 京都と革新知事の台頭時代。 神奈川も同じ。 「当時は、 地方から国を変えようという意識が高く、 地方行政が面白いと思った」 と就職の動機を語る。 3年間ロンドンに駐在。 「東西ドイツの統合など激動のヨーロッパを体験。 二度と戦争を繰り返さないというヨーロッパの決意のようなものを感じた」。
その後、 側近として仕えた当時の松沢成文知事が二宮尊徳に造詣が深く、 知事と2人で 「二宮尊徳の遺訓」 (ぎょうせい刊) を出版した。
ブラジル移民100周年の事業では、 松沢知事の命を受け、 二宮金次郎 (尊徳) 像をブラジルに建てる支援プロジェクトを主導し、 団長として訪伯。 日系人から大歓迎を受けた。
海外の尊徳研究者とも縁を結び、 「国際二宮尊徳思想学会」 に情熱を注ぐ。「尊徳思想は経済と道徳の融合論で、 日本の発展に欠かせない思想。 モラルを重視しつつ経済も伸ばした。 海外でも評価が高い。 中国では、 儒教精神と重なるが、 最近、 格差の増大、 政権幹部の汚職などのひずみが出てきたこともあり、 尊徳思想に光を当てる研究が進んでいる」 という。
「母の顔を見に故郷に帰る時、 福知山線に乗るとほっとする。 車窓の風景に癒やされますね」 と優しい表情を見せた。
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2015年5月21日08:32
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田で泥んこ運動会 リレーや借り物競走 ...
田んぼの中で運動会を楽しもうと、 市内の若者でつくるグループ 「D style」 (澤村淳代表) が、 6月20日午前10時から氷上町稲畑の水田で 「丹波100人どろんこ運動会」 を開く。 地元の集団営農団体もイベントに協力し、 水田を会場に貸し出す。 リレーやムカデ競走など、 普通の運動会と同じような種目を行う。 参加者100人を募集している。 澤村代表 (青垣町沢野) は 「子どものころに戻ったように泥だらけになり、 運動会を楽しんでもらえれば」 と話している。
写真・どろんこ運動会を開く「D style」のメンバー(前列)と、会場を提供する「稲畑どろんこ会」のメンバーたち=氷上町稲畑で
会場は稲畑公民館の横で、 地元の農事組合法人 「稲畑どろんこ会」 (足立正和代表) が管理している約2000平方㍍の農地。 現在は同会が小麦を栽培しているが、 収穫後に水田にする。
チーム対抗戦で、 ビーチフラッグや借り物競走などを楽しむ。 汚れてもいい服装を着用し、 田植え靴か地下足袋を履く。 着替えは同公民館で行う。 簡易シャワーも設置。 昼食は同会が育てた米で作ったおにぎりなどを用意する。 優勝チームには同会栽培の米90㌔が贈られる。
「D―」 は、 今年2月に有志グループ 「丹波100プロジェクト」 が主催した市内1周駅伝の参加者と運営にかかわった計5人で結成。 「100人集めて楽しいイベントを開こう」 と考えていたところ、 篠山市で毎年開催されている 「丹波ささやま大田動会」 に参加経験があるメンバーの提案もあり、 丹波市内でも運動会を行うことにした。
「稲畑どろんこ会」 とつながりがあるメンバーがおり、 運動会の企画を持ち込んだところ快諾を得た。 どろんこ会の足立代表は、 「多くの人に参加して交流してもらうことで、 収穫した作物の販路拡大につながればありがたい。 農業に興味を持つきっかけになれば」 と期待を込めている。
澤村代表は 「地元の人の協力があってありがたかった。 稲畑地区のおいしいお米も味わえるので、 ぜひ参加してもらえれば」 と話している。
参加費1500円。 午前9時半に同公民館に集合する。 詳細は 「丹波100人どろんこ運動会」 で検索を。 5月末までにメール (tambadoronco@gmail.com) で申し込む。
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2015年5月21日08:31
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全団員に雨合羽配布 篠山市が消防団に125...
写真・酒井隆明市長 (右) から雨合羽の目録を受け取る北山正団長=篠山市北新町で
篠山市は消防団員の安全を確保するため、 団員全員分の雨合羽を購入。 5月17日、 篠山市役所で 「引き渡し式」 を行った。 消防団幹部や市内21分団の団長、 副分団長ら約60人が参加。 北山正団長が 「雨合羽を活用し、 有事の時や警戒に励みたい」 と謝辞を述べた。
雨合羽は蛍光のオレンジ色で背中に篠山市消防団と書かれている。 丈夫で防水性に優れたもの。 1着約1万円で、 団員の条例定数分1253着を購入した。
これまで雨合羽は各団員が自前で用意していた。 市は初めて雨合羽を購入した。
引き渡し式で酒井隆明市長は 「雨合羽を活用いただき、 市民のために活躍してください」 とあいさつし、 目録を北山団長に手渡した。 また、 21の分団を代表して第10分団の杉原正義分団長が北山団長から雨合羽を受け取った。 北山団長は 「取扱説明書などをよく読んで、 しっかりと管理し、 長く使えるようにしてください」 と訓示した。
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2015年5月21日08:29
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補厳山久昌寺(福知山市字寺町)
曹洞宗。 文禄元年 (1592)、 氷上郡御油の圓通寺の末寺として創建。 福知山藩主朽木公の菩提寺でもある名刹である。 山門を入って伽藍の大きさに驚いた。 屋根瓦は本葺である。 明治16年の火災により焼失後、 20年から10年を要して再建された間に、 彫り物もしつらえられたと思われる。
本殿の虹梁の狭い空間に竜の彫り物が目に入る。 木鼻にはそれこそ骨太の唐獅子と獏が左右阿吽の呼吸で辺りを睨んでいる。 彫り物については、 むしろ山門が多彩である。 山門自体が城門を思わせるような頑丈な作りである。 福知山の大呂の天寧寺から譲られたものだそうだ。 ここの木鼻には誠に垢抜けした唐獅子と象が設けられ、 特に唐獅子は体を少し左右に振って愛嬌を振り撒いているようである。 上部には巨大な獅子噛みが左右2頭、 外部を睨んで邪気を追っ払っているようだ。 中井一統、 中でも8代目中井権次正胤や中井清次良正実の合作のようだ。
元高校教諭 岸名経夫