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切り抜き詳細
発行日時
2014-4-17 9:36
見出し
ムカシバナシ
リンクURL
http://tanba.jp/modules/column/index.php?page=article&storyid=3826
記事詳細
昔、 鯖街道として利用されていたという道沿いの神社に先日、 ふと立ち寄ることがあった。 これより先は、 獣道となり進むことがためらわれる、 そんな山深い集落の奥にひっそりとそれは佇んでいた。周りには、人の手が加えられないままに大木となり、 いつのまにか古木となったヤブツバキから、 人の拳ほどの真っ赤な花塊がぽとりぽとりと落ち、 色淡くさらに儚い光に溶け込んでいきそうな桜が大きく枝を広げて、 まさに散り始めの美しさで背景を桜色に染めていた。 足元を通る清涼な小川の調べが音と透明な気を伝え、 辺りは静かな一幅の絵画のようだった。 見上げるあいだに今にも朽ちて崩れ落ちそうな鳥居をくぐり、 苔むした石段を何段も踏まないうちに、 茅葺き屋根を覆うトタンが現れ、 そこに、 小さな小さな能舞台があった。 朽ち果てた山里の能舞台と偶然出会ったまさにその日、 篠山では春日能が舞われていた。 満開の桜の中を立派な能舞台で美しく舞う姿を思い、 今この目の前にあるもう誰も舞うことのないであろう能舞台を見つめていると、 遠い昔ここで日々を営み、 目に見えないものを信じ敬い、 日本の自然と共に暮らしていたかつての村人たちが、 この小さな能舞台を囲むように立っているのが見えてくる。 篠山は能を伝統とし、 今でも大切に守り継いでいる。 目には見えない時の流れを大事にする人たちがいる。 朽ちていくものと、 残り続けていくもの。 桜吹雪が舞う日に見た、 夢のような本当の話。 (土性里花・グループPEN代表)