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切り抜き詳細
発行日時
2013-8-29 9:02
見出し
明智光秀と織田信長
リンクURL
http://tanba.jp/modules/column/index.php?page=article&storyid=3619
記事詳細
近刊の山元泰生 「明智光秀と斉藤利三」 (学陽書房)は、光秀と織田信長の葛藤を軸に、 利三を中心とする明智軍団の結束の物語。 丹波攻めの様子も克明に描かれていて興味深かった。▼「本能寺の変は、 信長の残虐さと朝廷への傍若無人ぶりに対し、 我慢に我慢を重ねていた光秀がついに反旗を翻したのが真相。 人格高潔な光秀が、 野心にかられて裏切ったのではない」 というのが著者の見方。 ▼春秋子もほぼ肯くが、 ただ、 同じく本能寺の変を扱った「信長燃ゆ」(安部龍太郎)にもある通り、信長の思考が並はずれてスケールの大きかったことも、 見落としてはなるまい。▼それにしても、春秋子のかねてからの疑問は、 今なお解けないでいる。 あの状況下で信長は何故無防備のまま本能寺に泊まったのか。 彼は光秀の忠誠を露とも疑っていなかったことになるが、 相当険悪になってきていたはずの光秀との関係について、 かくも鈍感だったのか。 ▼考えるに結局は、 両者のスケールの違いによることだったのかも知れぬ。 信長は乱世平定について彼独特の構想の前に、 部下個人の心情まではとても気が回らなかった。 光秀もまたそのスケールに思い及ばなかった。 共に両者の限界であり、 仮に本能寺の変がなくても、 信長はやはりどこかで誰かに躓かされていたのでは、 とも思えてくるのだが。 (E)