水谷です。
今回は、5月に東京で行われた地域仕掛人市のとき、横田さんが上野駅で見て感じたことからお話しをさせていただきます。
品川で行われた地域仕掛人市が終わった後、横田さんは上野駅にいました。
上野は昔から、始まりの土地です。今まで、ここには地方から汽車や電車に乗って上京してきた人々がたくさんやってきて「さぁ今日からここで頑張るぞ!」と気持ちを奮い起こしたと思います。
しかし、横田さんが見て、感じた上野駅はそうではありませんでした。電車に乗り込んで行く人も、階段を上ったり下りたりする人も、みんな同じ角度で下を向いて歩いていました。夕暮れの上野駅の、いつもの光景かもしれません。でもそれは、「こんなにつまらない顔するんか!」という驚きだったそうです。
太古の昔、ピラミッドをつくっていた時代に石を運んでいた奴隷の首の角度を測ってみれば、きっとこの人たちと同じなんじゃなかろうか。そうとも思ったとのこと。
今の日本は幸いなことに平等な国です。自分なりの働き方を追求することができる術があります。だから、下を向いて働きたくないなぁ、と思ったら、下を向いて働くことはありません。
そういう意味で、地域で働くということは、面白いと感じる人にとっては面白いといいます。同時に、しがみつきたい人には面白くも何ともないといえます。
かつて、チャレンジする人は東京へやってきました。東京に公共教育も一極集中ししていました。人々は不安と興奮を持って、上野駅のホームにやってきたのです。
しかし、最近は変わってきています。違うところに身を置き、やらなきゃならないことで溢れた土地で成長しようとする人が、増えてきているのです。
地域で働き、生きることに誇りを持つ人が増えると、もともとその土地に暮らす人々もその土地の良さを再確認し、自慢できます。それをうらやましいと思って移住してくる人がまた増えます。そういう連鎖が始まっているのです。
丹波では、ごはんが食べられて、役割と肩書きがみんなにある。地方だと、たった一人では生きられないけど、「みんなの中の私」はすぐに見つかる。
そこには、東京でのチャレンジとは異なる充足感があるんだな、そう思いました。地域で働くことが面白い、そう思う人と、思わない人がいるという意味も、よくわかった気がします。
(筆者情報)
水谷冬妃 先月から、横田さんのブログをインターンとして書かせてもらっています。