前からそうなんですけど、今日も本当にそう思った。
僕はこの町にきて本当に良かったし、本当に本当に楽しいです。
思い返せばもう3年前になりますが、この町に引っ越しきてきました。
2010年8月ですが、家を購入してこの町にやってくることを決めた
6月時点では、9月末には会社を辞めて丹波で活動を始められるものと
思ってて、「いや、ちゃんとマインドを引き継いでいけよ」という粋な
支社長の発言により、退職が12月末に延びちゃったんだよなー。
だから、実際のところ丹波でちゃんと活動を始められたのは1月初旬に
なりましたが、まさかそこから5月には農業生産法人を退職することに
なって、2ヶ月もフリーター生活をすることになろうとは。。。
今や市議会議員とかいって、大層にブログ書いてますけど、遡ること
1年半前にはフリーターだったわけですよ。それでもそこから、
いろいろあって、助けてもらいまくりながら、仕事がみつかって、
独立の準備もさせてもらって、2012年4月には独立も出来て、
無事に食えるように徐々に仕事が広がっていって、離婚の危機も
乗り越えて、なぜか今は市議会議員もやっていて。
今日も今日で、農業と林業のインターンに、大学生を連れて行って
彼らをこき使ってやってくれって言ってんのに、それなりに仕事を
させたら、自分たちの自慢の活動を紹介したり、友人の農家に無理を
言って果実の収穫体験をさせてくれたり、すごく丁寧に薪の割り方を
教えてくれたり。で、何より連れてった先で、時間無い中でいろいろ
やってくれてる変態農家の兄さんや、製材所のおっちゃんが、ホント
楽しそうな感じで、なんか誇らしげで、すげーカッコいいんですよ。
僕は身勝手な人間ですが、一個だけホントにいつも、ワガママな
気持ちで見たがっているのは「嬉しそうに語る人の顔」なんです。
自分のことを言葉にして、誰かが聞いてくれていることを、誇りに
思って自分のことをちゃんと話せていることに喜んでいる誰かの、
嬉しそうな顔を見るのが本当に好きでたまらないです。
丹波は、最近チャレンジャーが増えているんだと思うんです。
歴々のチャレンジャーの方々が、この道を切り拓いてくれたことで
僕らがチャレンジするのに最適な土壌が耕され、その上で元気に
跳ね回っている僕らがいることは重々承知で楽しくやっています。
そして、それがどんどんうねりになっていると思っています。
少しずつ、地域で頑張る人の中で、丹波の名前が知ってもらえる
ようになってきた実感があります。ホントに潮目が変わってきた。
これからもどんどん丹波を知り、遊びに行きたい人は増えていく
ことだと思いますが、僕が嬉しいのは、そこで紹介出来る人が
本当にたくさんいることです。嬉しそうに話す人が沢山居てくれて
だから、誰が来たって堂々と誰かを紹介し、嬉しくなって貰える。
興味関心が似ていたり、考え方が似ていて、その同志の片方が、
嬉しそうに自分の仕事を語ったら、他方は嬉しいに決まってます。
そういう出会いがいっぱいあり、それで嬉しい場面が沢山あり、
僕らはその度に「連れてきて良かったなー」って思うのです。
いま、ここでチャレンジしてくれている丹波の人たちのおかげで、
その土壌を培ってくれた歴々の方々のおかげで、僕は数多くの
友人をこの地に招いて、感動してもらい、感激してもらって、
いつか地域で何かをやってみたいと感じてくれたりしています。
大変なこともいっぱいありますけど、夢があって、それを叶える
途中の登山の景色をそれなりに楽しんでいたとしたら、それって
ホントに幸せなことじゃないかって思うんです。でも、それが
当たり前のように繰り広げられている場所がここなんですよね。
僕らの町は、必ず世界中に誇る町になっていくと確信しています。
今日来てくれた大学生たちのインターンキャリア合宿だって、
必ずこれから、多くの学生が羨ましく思うに決まっています。
こんなコンテンツ、そうそうないものだって僕は信じているので。
幸せな体験をした若者たちは、必ず自分の体験を自分の言葉で、
誰かに話し、そして影響を伝えてくれることでしょう。
彼らが、僕らのことを自慢話として、きっと語ってくれるはず。
僕らはきっとそれくらい幸せで、充実した日々を送っています。
今日も本当に楽しかった!!!
激しく忙しい毎日がずっと続いているけど、休みたいなんて
思ったことが本当にないんです。楽しくて仕方がないから。
今日のインターン合宿でお世話になった大人の皆様、そして
いつもお世話になっている皆様、本当にこの町は楽しいです。
これからも楽しく、そしてしっかり、毎日頑張りましょう。
この激動の時代に、僕らの生き方は世界のモデルになります。