1月17日、
平成7年1月16日、
肺ガンで亡くなった義父の葬式を
和歌山市内で済ませ、
夜遅くに丹波に戻り、
翌日の仕事と子供の通学に備えて就寝。
翌日の5時46分、
震度5の強震で目が覚めた。
最も大口の得意先が東灘区で全壊したため、
翌18日から水と燃料とラーメンを持って神戸入り
被災地も大変だったが、
売り上げが激減した我が社も
資金繰りが苦しくなり、
悲惨な状態に。
そんな23年前を思い出しながら、
『しあわせ運べるように』を聞いて、
また今年も目頭が熱くなってしまった。
1.17は忘れない
兵庫県阪神淡路大震災追悼記念式典