ボアジチ大学からルメリ・ヒサルまで、徒歩で坂を下った。ルメリ・ヒサル(Rumeli Hisarı)は、メフメット2世が1452年に建造した要塞である。
「地球の歩き方2015~16 イスタンブールとトルコの大地、p.173」には、入場料が5TLと書いてあったが、実際は10TLだった。ここ数年で物価がかなり上昇しているらしい。
ルメリ・ヒサルは、ボスポラス海峡の最も狭いところ(幅約700m)にある。対岸には、1390年頃、バイェズィド1世により建てられたアナドル・ヒサルがある。
中に入ると、大砲や大きな丸い石がたくさんあった。昔は、巨大な塔からボスポラス海峡を行き交う船を攻撃していたのだろう。
残念ながら、塔の中は工事中ということで見学できなった。しかし、城塞の中はきれいに整備され、ボスポラス第二大橋や船をよい角度で見ることができた。ゆっくりするのに適した場所だった。
ルメリ・ヒサル
ファーティヒ・スルタン・メフメットの命令で、1452年に建設された。ヒサル設計者は建築家ムスリヘッディン・アーだといわれている。ヒサルにある3つの塔は、それぞれハリル・パシャ(将軍)、サルジャ・パシャ、ザーノス・パシャの命令で建設され、塔の名にも彼らの名前がついている。これらの塔を互いに結ぶ城壁と小さな塔の建設は、ファーティヒ・スルタン・メフメットの管理下で行われた。イスタンブールが征服された後、サルジャ・パシャ塔は政府の刑務所になった。19世紀になるとヒサルの重要性はほとんどなくなったため、放棄された。1953年~1958年に大幅な改修工事が行われ、1958年に一般公開される。
アリ・クルチュカヤ『文明の交差する国トルコ』Silk Road Publications, 2010, p.42